人生で起こること、すべて、深い意味がある。

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GIVE AND GIVE ミナジョーです。

ここでは、あなたが夢を叶える為の手助けになる記事を紹介していきます。  

あすか会議2018のセッション「すべては導かれている - 逆境を越え、人生を拓く5つの覚悟」の内容を書き起こした記事を紹介します。
そして、その「第一の覚悟」を定めると、自然に「第二の覚悟」が定まります。それは、「人生で起こること、すべて、深い意味がある」という覚悟です。

「自分の人生は、大いなる何かに導かれている」という覚悟を本当に定めたなら、自然に、この「第二の覚悟」の意味が分かるはずです。なぜなら、我々の人生で与えられるのは、有り難い「順境」ばかりではないからです。ときに、辛い「逆境」も与えられます。

そうであるならば、その逆境も含め、すべてが導かれているということに、気がつくはずです。

すなわち、人生で起こる様々な出来事のうち、「幸運に見える出来事」だけが導かれたものではないからです。「不運に見える出来事」もまた、やはり、導かれているのだということに気がつくでしょう。

そして、そのことに気づくと、人生における「不運に見える出来事」や「不幸に見える出来事」にも、深い意味があることに気がつくはずです。

この「第二の覚悟」は、大切な覚悟です。この「人生で起こること、すべて、深い意味がある」という覚悟を定めないと、我々の人生観は、浅薄なものになってしまいます。「どうすれば、幸運な出来事や幸福な出来事だけで、人生を生きていけるか」と考え、「不運な出来事」や「不幸な出来事」が起きると、すぐに落胆してしまう。それでは、偶然のように見える出来事に振り回される生き方になってしまいます。

もとより、「幸運な出来事」が起きれば、当然、有り難いと思い、感謝の心を抱くべきでしょう。では、「不運に見える出来事」が起きたとき、どう処すべきか。人間であるかぎり、その出来事が起こった当初は、落ち込むことがあってもいいでしょう。しかし、いずれ、まもなく、心が立ち直るようであってほしい。

そのためには、その「不運に見える出来事」を、次のように受け止めることです。
「たしかに、こうした出来事を望んでいたわけではない。また、周りの人々は、この出来事を、不運な出来事だと言う。しかし、本当はそうではない。この出来事は、深い意味があって、今の自分に与えられた出来事だ。そうであるならば、この出来事から、その意味を学ぼう。大切なことを学ぼう。今、この出来事は自分に何を教えようとしているのか。自分に何を学べと言っているのか。自分に何を掴めと言っているのか。自分に何を伝えようとしているのか。そのことを真摯に学ぼう」

そう覚悟を定め、受け止めて頂きたいのです。
そして、この受け止めを、私は、「解釈力」と呼んでいます。これは文字通り、「人生で起こった出来事の意味を解釈する力」のことですが、この力は、人生を拓くために最も大切な力の一つです。

特に、経営者やリーダーたるもの、会社やチーム全体が苦境に陥ったとき、誰もが落胆するとき、社員やメンバーの誰よりも早く心が立ち直り、この「解釈力」を発揮できるようでなければならない。そして、社員やメンバーに対して、こう語れるようでなければならない。

「たしかに、この出来事は、残念な出来事だ。しかし、今、この出来事が与えられたのには、大切な意味がある。そうであるならば、今、その意味が何であるかを考えよう。この出来事から大切なことを学ぼう。この敗北から、この失敗から、この挫折から、大切なことを学び、成長していこう。この出来事は、そのために天が我々に与えてくれたのだから」
 
もし、皆さんが、逆境にあって、苦境にあって、そう言い切ることができる経営者やリーダーであるならば、皆さんはすでに素晴らしい経営者であり、リーダーであると思います。

例えば、私が若い頃、深い共感を覚えた一つのエピソードがあります。それは、大相撲の世界の話ですが、昔、ある大関が絶好調のとき、膝の故障で長期休場を余儀なくされたのです。それは、誰が見ても「不運な出来事」でした。しかし、この大関、その後、復帰してきて、再び素晴らしい活躍をしました。

この大関が引退した後、親方になってから受けた、あるインタビューで、「長期休場を余儀なくされた、あの挫折は、大変辛い体験ではなかったですか」と聞かれ、なんと答えたか。この親方、こう言われたのです。

「あれは、天が与えた故障だったのです。あの頃の私は、絶好調の自分に慢心していました。だから私は、あのとき、あの挫折を体験しなければならなかったのです。そして、あの挫折によって、私は大切なことを学ばせて頂きました」

見事な「解釈力」です。もし、この親方が、浅薄な人生観しか持たなかったならば、「あのとき、あの故障がなければ、さらに何勝も挙げることが出来て、優勝もできたのですが・・・」と答えるでしょう。しかし、もし、この大関が、そういう了見であれば、復帰後に、あれほどの活躍をすることはできなかったでしょう。  

我々の人生における、苦労や困難、失敗や敗北、挫折や喪失、病気や事故は、いずれ、「大いなる何か」が、我々を育てるために与えるものです。その意味で、この大関のエピソードは、深い感銘を受けます。

もう一つ、さらに深い感銘を受けるエピソードがあります。あるとき、ある男性が、アメリカに出張中に酷い交通事故に遭ったのです。車を運転中、一瞬の不注意から大事故を起こしてしまい、病院に担ぎ込まれたのです。そして、意識不明の重体から目が覚めると、左足切断という現実を目の当たりにしました。

この男性、一瞬の不注意で人生を棒に振ってしまったと思い、悲嘆のどん底にいました。しかし、日本からその病院に駆けつけた奥さん、病室に入るなり旦那さんを抱き締め、何と言ったか。

「あなた、良かったわね! 命は助かった! 右足は残ったじゃない!」
この奥さん、見事です。この人生の「解釈力」。この極限の場面で、起こった出来事を、どう解釈するか。「ああ、一瞬の不注意で左足を失い、人生を棒に振ってしまった!」と思うのか、「命は助かった! 右足は残った! 有り難い!」と思うのか。この「解釈力」の差は、人生を、大きく分けます。

皆さん、人間の「真の強さ」とは、一体、何でしょうか。それは、究極、この「解釈力」ではないでしょうか。
何が起こったか。それが人生を分けるのではない。 

起こったことを、どう解釈するか。それが人生を分ける。
それが、人生の真実ではないでしょうか。
皆さんも、ご自身の人生を振り返るならば、これまでに色々な逆境を体験されてきたと思います。では、そのとき、その逆境を、どのような「解釈力」で乗り越えてきたか、振り返ってみて頂きたい。そして、これからも、皆さんの志が高ければ高いほど、様々な苦労や困難、失敗や敗北、そして、挫折に直面されるでしょう。そのとき、この「解釈力」という言葉を思い出して頂きたい。そして、「人生で起こること、すべて、深い意味がある」ということを、思い起こして頂きたい。それが、「第二の覚悟」です。

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