人生における問題、すべて、自分に原因がある②

おはようございます。
努力、感謝、笑顔、僕らは今から上り坂!
GIVE AND GIVE ミナジョーです。

ここでは、あなたが夢を叶える為の手助けになる記事を紹介していきます。 
 
あすか会議2018のセッション「すべては導かれている - 逆境を越え、人生を拓く5つの覚悟」の内容を書き起こした記事を紹介します。

では、どのようにして、その「小さなエゴ」に処すればよいのか。それを捨てたつもりになって抑圧しても、一度、心の表面から隠れるだけで、また、すぐに鎌首をもたげてくる。その「小さなエゴ」に、どう処すればよいのか。

実は、そのための方法は、ただ一つです。
「心の中のエゴを、ただ静かに見つめること。否定も肯定もせず、ただ静かに見つめること」。 

それが唯一の方法です。
例えば、自分の中に怒りが湧き上がってきたとき、「ああ、自分は、今、目の前のこの人物に強い怒りを感じている・・・」と、静かに自分の心を見つめることです。

例えば、自分の中で嫉妬の心が動くとき、「ああ、自分はやはり生身の人間だ。今、嫉妬の心が動いている」と見つめることです。

こうした修行を続けていると、いつか、「自分を静かに見つめる、もう一人の自分」が、心の中に生まれてきます。そして、「成熟」という言葉の本当の意味は、心の中に、この「もう一人の自分」が生まれてくることなのです。

それゆえ、精神の成熟した人物は、例えば
、数分前のことでも、「先ほどは申し訳ない。私も少し感情的になりました・・・」といったことを謙虚に言えます。

自分の心の中の「小さなエゴ」の動きを、一度、冷静になって見つめ、そうしたことを言えるというのは、「成熟した精神」の証でしょう。

一方、人間として未熟な人物には、周りから、なかなか厳しい言葉が語られます。「あの人は、自分が見えていない」。すなわち、自分の心の中の「小さなエゴ」の蠢きや衝動が、今、自分にどのような感情をもたらしているかが、見えていないのです。

しかし、自分の心の中に、「小さなエゴ」の蠢きや衝動を静かに見つめる「もう一人の自分」が生まれてくると、自然に、先ほど述べた「人生における問題、すべて、自分に原因がある」という覚悟が掴めるようになってきます。そして、その覚悟を掴むと、人生というのは、ずいぶん目の前が開けていきます。

ただ、こうした話は、「頭」で理解するのは簡単です。「知識」として理解するのは簡単です。優秀な人であれば、話を聴き終わった後に、「3番目の覚悟は」と聞かれて、「○○です」と答えることは簡単です。しかし、この覚悟を、体験を通じた「智恵」として掴むことは、決して容易ではない。その覚悟を、本当に腹に刻むこと、心に刻むことは、容易ではない。

それを掴むには、「行ずる」しかない。日々の仕事や生活の中で、実践するしかない。だから、「修行」をすることが大切なのです。

そして、修行というものは、3日や3ヶ月で終わるものではありません。どれほど短くても、3年、修行を続けることです。行じ続けることです。そのとき、ようやく見えてくる世界があるのです。

しかし、今の世の中には、「いかに手っ取り早く」「いかに苦労せず」「いかに楽をして」という発想がはびこっています。書店に行けば、そのような本ばかりが溢れている。

だから、我々は「堪え性」がなくなる。本当に大切なことは、簡単には身につかない。しかし、3年、腹を据えて修行をすれば、素晴らしい何かが掴めるにも関わらず、それができない。油断をすれば、我々は、そうした「堪え性」のない人間になってしまうのです。

だから、皆さんには、一つの覚悟を定めて頂きたい。「3年でも、5年でも、修行をしよう。いや、修行とは本来、生涯をかけ、命尽きるまで続けていくべきものだ」という、その覚悟を定めて頂きたいのです。もし、この場に集まられた1400名の方々が、その覚悟を定められたならば、我々の想像を超えた素晴らしいことが起こります。

今日の講演で皆さんにお伝えしたいことは、「逆境を越え、人生を拓く5つの覚悟」についてです。では、私はどこで、この「5つの覚悟」を学んだのか。もとより、あの禅寺で、何か一つひとつ教えて頂いたわけではありません。あの禅寺で禅師より教えられた、「今を生き切れ!」という一言だけを携えて東京に戻り、仕事の世界に戻ってみると、色々なものがすべて深い学びだったのです。 
例えば、ある上司がいました。その方はクリスチャンであり、非常に深い宗教的な情操を持っている物静かな上司でしたが、その上司が、あるとき、私を食事に誘ってくれたのです。静かなレストランで食事をして、最後にコーヒーを飲んでいるとき、その上司が、自身に語りかけるように、呟いたのです。 

「仕事をしていると、毎日、色々なトラブルがあるのだね。そうしたトラブルが起こるたびに、この会社の組織に問題がある、あの上司に問題がある、あの部下に問題があると思うんだね・・・。

しかし、家に帰って一人静かに考えていると、いつも同じ結論に辿り着く。
『ああ、自分に原因があった』。いつも、その結論に辿り着くのだね」

私は、その話を聞いたとき、最初、「なんと謙虚な人なのだろう」と思ったのですが、その会食の帰り道、ふと気がつきました。「ああ、あの上司は、自分のことを語る姿を通じて、私に、大切なことを教えてくれていたんだ」と気がついたのです。

当時の私は、あるプロジェクトのリーダーとして、毎日起こる様々なトラブルを前に、心の中で苛立ちを抑えきれなかったのでしょう。そのため、口に出さずとも、どこか周りを非難するような雰囲気が表れていたのでしょう。その私の姿を見て、この上司は、静かに自身を語る言葉を通じて、大切なことを教えてくれたのです。

そのお陰で、私もその日から、「すべてのことは、究極、自分に原因がある」と思い定める修行を始めました。

しかし、これは決して「自分が悪い」という意味で申し上げているのではありません。これは臨床心理学の世界で語られる「引き受け」という心の姿勢の大切さを申し上げているのです。

以前、臨床心理学の河合隼雄先生と対談をさせて頂いたことがありますが、カウンセリングでは、クライアントの方が立ち直って成長していくとき、必ず、この「引き受け」という心の姿勢に転換されるということを述べられていました。

すなわち、クライアントの方が癒されていくときには、必ず、心の中で、この「引き受け」が起こっているのです。例えば、「長年、親父のことを鬼だと思っていたのですが、実は、私は親父にずいぶん助けてもらっていたのですね・・・」などと語り、自分で問題の原因を引き受けるようになるのです。

逆に、人生で与えられた問題について、誰かを非難したり、攻撃している限り、実はその方が救われないのです。

そして、これは、臨床心理学やカウンセリングだけの問題ではありません。我々の人生には色々なことがありますが、最初は、誰もが、自分以外に原因を見つけ、批判したり、非難をする傾向があります。

しかし、それでは問題が解決せず、壁に突き当たり、悩み、最後に、「いや、これは自分が引き受けるべき問題だ。自分が成長することによって、この問題を乗り越えていこう」と思った瞬間、不思議なほど、目の前の風景が変わり、なぜか物事が好転し始めるのです。

なぜ、こうした不思議なことが起こるのか、科学的には証明できません。しかし、私自身、問題に直面したとき、こうした「引き受け」の心の姿勢に転換した瞬間に、色々な物事が不思議なほど好転し始めることを、これまで何度も体験してきました。 

そして、こうした体験は、私だけではありません。私は、しばしば中小企業の経営者の方々に講演をさせて頂くことがありますが、こうした「引き受け」と「問題好転」の話をすると、経営者の方々は、皆さん頷かれます。

自分の心が「引き受け」の姿勢に変わった瞬間に、なぜか、もうどうしようもないと思っていた目の前の問題が好転し始めたり、出口の無い状況が変わり始めたりする。そういう人生の不思議を、皆さん、体験されているのですね。

実際、今、この会場にも頷かれている方が何人もいらっしゃいます。皆さんの中にも、こうしたことを体験された方いらっしゃるのでしょう。そして、この「引き受け」ができるという心の強さが、実は、「魂の強さ」と呼ぶべきものなのです。

例えば、あるプロジェクトのリーダーである田中さん。そのプロジェクトメンバーの一人である鈴木さんが犯したミスによって大きなトラブルに直面した。上司は、鈴木さんに非があると分かったうえで、「田中さん、今回のトラブルの原因は、鈴木さんかな?」と聞く。すると、「いや、鈴木さんに対する私の指導が甘かったのです。私の責任です。申し訳ありません」と言う。そういう「引き受け」をするタイプのリーダーがいます。

もちろん、別のタイプのリーダーもいます。「そうなんです。前から鈴木さんは、仕事のやり方が甘いんです。だから、こうしたトラブルが起こったのです」と言うタイプです。こう言いたくなるリーダーの気持ちは分かるのですが、やはり、一人のプロフェッショナルとして、そして、一人の人間として成長していくのは、明らかに前者のタイプです。なぜなら、前者のタイプのリーダーは、「魂が強い」からです。こういうリーダーは、見事なほど、成長していきます。

0コメント

  • 1000 / 1000