私が毎日繰り返すことで見出そうとしたもの

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大阿闍梨・塩沼亮潤さんが教える、人生を好転させる心の持ち方と3つの言葉という記事を紹介いたします。
生と死の境をさまようほどのすさまじさといわれる大峯千日回峰行と四無行。1300年の歴史で達成できたのはわずか2人です。その一人、塩沼亮潤(しおぬま・りょうじゅん)大阿闍梨(だいあじゃり)に、人生を好転させる心と習慣を教えていただきました。

死と隣り合わせの「大峯千日回峰行」とは

はじめに、塩沼亮潤大阿闍梨が成し遂げた「大峯千日回峰行(おおみねせんにちかいほうぎょう)」がどのような行なのかを説明しましょう。

年間4か月(5月3日~9月3日)と定められた期間で、標高1719m、一日往復48kmの険しい山道を千日間歩き続ける修行です。午前零時にお堂を出発し、提灯と杖を携え入山、道ならぬ道を歩き山頂を経て16時間かけて下山します。天候や体調にかかわらず、毎日これを繰り返します。

一度行に入ると途中でやめることはできず、万が一やめなければならない場合は短刀で切腹するか首をくくって命を絶つという厳しい掟があります。こうして満行するには9年の歳月がかかります。満行した者が、「大行満大阿闍梨」となります。
 
さらに塩沼さんはその1年後、「四無行(しむぎょう)」という修行に入りました。これは、食べない、飲まない、寝ない、横にならない、を9日間続けるものです。行の間は20万遍の真言を唱え続けます。

5日目から、一日に1回、口をすすぐことが許されますが、なみなみと注がれた器の水を口に含みすすいだ後、別の空の器に吐き出し、その水が少しでも最初の量より減っていた場合、飲んだとみなされて修行はそこで終了となります。

私が毎日繰り返すことで見出そうとしたもの
生きて成就する確率は50%ともいわれ、命を賭けた行とされるため、四無行に入る前には、縁のある人々に別れを告げる「生き葬式」を行います。
塩沼さんはこの四無行も、満行しました。

私が毎日繰り返すことで見出そうとしたもの

23歳で大峯千日回峰行に入り、足掛け9年をかけて修行をいたしました。世間のみなさまは、修行の内容やそれを満行したことに注目してくださるのですが、私にとってこの修行は、「人はいかに生きるべきか」の私なりの解を見出すための、自分磨きでした。

お釈迦様はこう言っておられます。「同じことを同じように、情熱を持って繰り返していると、悟る可能性がある」。

ですから、歩くという当たり前のことを、当たり前のように繰り返す。これこそを大切にしていた修行でした。

といいましても、往復48kmの山道を千日も歩いておりますと、嵐の日もあれば雪の日もあるし、自分の体調がいいときも悪いときもある。とかくマイナス思考に傾きがちになります。そこをすぐにプラスに切り替えて、与えられた環境の中で精いっぱい、明るい気持ちで繰り返すわけです。

例えば、修行中に目が覚めるとひざに水がたまっていたり、高熱が出ていたりした日もありました。苦しいのですが、そこにとらわれてはなりません。「そうきたか、じゃあ、どうやって乗り切ってやろうか」と、楽しむ自分がおりました。

そのような繰り返しの中で、いかに生きるべきかが、なるほどそうかと、一つ一つわかってくるのです。

次回に続きます。

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