お金には体温がある?

おはようございます。
努力、感謝、笑顔、僕らは今から上り坂!
GIVE AND GIVE ミナジョーです。
アメリカンエキスプレスのメルマガを読んでいたら、面白い記事を見つけたので、少し紹介したいと思います。
林家正蔵さんが書いた記事です。




古典落語に学ぶ「経営者の心得」

お金には体温がある?

 
  落語家 林家正蔵
1962年生まれ。1978年、父、林家三平に入門。前座名「こぶ平」。1981年、二ツ目昇進。1987年、真打昇進。2005年、九代林家正蔵を襲名。2014年、落語協会副会長就任。
 
 
 

 

落語には「お金」や「借金」をテーマにした演目が数多くあります。お金を単なる「数字」として見ると、無機質で無味乾燥なイメージが漂いますが、落語の中に出てくるお金は、どこか温もりが感じられるといいます。

経営の視点からは見えにくい、お金のもう一つの側面がそこにはあるようです。後編は「お金との付き合い方」をテーマに林家正蔵師匠に伺いました。
 
 

お金の使い方に正解はない

こと、お金に関して言うと、落語の登場人物は全然ダメですね。ホント、もう笑っちゃうほどです。ケチ兵衛なんていう名前のひどいケチな人が出てくるかと思うと、湯水のごとく金を使って勘当されちゃう若旦那も出てくる。まあ、お金の使い方で手本になるような人は出てきません。
 
 
ただ、聞く人にお金の使い方を考えさせるような噺は、いくつもあります。その一つが、人情噺の『文七元結(ぶんしちもっとい)』。細かい点は演者によって少しずつ違うんですが、大体こんなストーリーです。
 
 
左官の長兵衛は、仕事の腕はいいけれど博打ばかりするもんだから、借金で首が回らない。とうとう、一人娘を売ることになってしまう。そこで、女将が諭すんです。

「いいかい、あんたに50両貸してあげる。あんたはもともと腕がいいんだから、これを元手に稼いで、再来年の大晦日までに返しておくれ。いや、いっぺんには無理だろうから、ちょっとずつ返すんだよ。分かったね。博打なんかやっちゃだめだよ」。と真面目に働いてお金を稼げと叱咤したわけです。分割払いならば返しやすいですしね。
 
 
長兵衛はすっかり改心して、帰り道に吾妻橋を渡ったところで隅田川に身投げをしようとする若い男が目に入った。名前は文七。

訳を聞くと、お得意さんのところに集金に行ったはいいけれど、そこでついつい好きな碁に夢中になって帰りが遅くなってしまった。

あわてて帰ってきたのだが、途中で懐を確かめてみると金がない。そういえば、さっき道でドンとぶつかってきたやつがいる。そいつにすられたかもしれないと言う。
 
「いくらだ?」
「50両」
 
さ、そこでなんです。娘を売って借りた50両をどうしようか……。この男、結局はあげちゃうんです。

「うちの娘は生きてはいける。でも、おまえは死ぬというんだろう。じゃあ、やる。いいか、これは娘を売って手に入れた金だ。別に惜しくて言っているんじゃねえ。おまえに少しでも良心があれば、うちの一人娘の幸せを、おまえが信心しているお稲荷さんでもなんでもいいから、手を合わせるんだ」。そう言って、名前も言わずに去ってしまう。
 
 
50両というと、今のお金で500万円くらいでしょうかね。そんな大金を他人にやってしまうんですから家に帰ったらもう大変。女房が信じてくれる訳ないですよね。 


結局、文七がなくしたと思ったお金は、集金先に置き忘れたままでした。文七の店の旦那は、店の名前を頼りにして娘を突き止めて身請けをする。そして最後は娘と文七が結婚し、ハッピーエンドとなるわけです。
 
 
この噺の一番の聞きどころは、50両をやれるかやれないか、聞き手が自分に置き換えて考えることでしょう。常識ではやりませんよね。

でも、やっちゃうのが気持ちいいというのが江戸っ子。もちろん、どちらの言い分ももっともです。お金の使い方に正解なんかないと思います。

この噺も、結論を噺家が示すのではなく、「あなただったらどう思う?」とお客様に問題提起をして判断してもらう訳ですね。価値観や美学を押しつけないのが落語のいいところだと思います。
 

お金の使い方はポリシーが大切

人情噺としてよく知られた『芝浜(しばはま)』もまた、お金がかかわってくる噺です。

主人公の魚屋は、腕はいいけれど酒好きで貧乏暮らしをしている。女房に起こされてしぶしぶ仕入れに出ると、大金が入った財布を拾う。

しめしめ、これだけあれば商いをせずに食っていけると、男は家に帰って大酒くらってどんちゃん騒ぎをして、酔っぱらって寝てしまう。
 
女房は、亭主にまっとうに働いてもらいたい。なので翌朝、「財布を拾ったのは夢だよ」と嘘で言いくるめる。で、このときの女房のくどき文句がいいんだな。「どうせ見るんだったら、拾う夢じゃなくて稼ぐ夢を見なよ」。
 
 
改心した男は酒を断って必死に働き始める。そして、3年後に表通りに店を構えるまでになったところで、その年の大晦日に女房が本当のことを告げるというストーリーです。
 
 
『文七元結』も『芝浜』も、本当の主人公はお金なんじゃないかと思うほど、噺の中でお金が重要な役割を果たしています。ここが大切なことだと思うんですよ。

お金って、無機質で無味乾燥なものだと考えている人が多いでしょう。でも、落語の中のお金には体温があるんだなあ。50両というのがただの数字ではなくて、そこに気持ちが乗っかって人間くさくなる。あげるにしても、拾うにしても、そこに気持ちが乗っかって、人生を動かしていくわけです。
 
 
落語の登場人物は、良くも悪くも、お金に対してポリシーを持っています。遊ぶことに使っても堂々としているし、他人にあげても後悔しない。落語では極端な話になるけれど、実生活でもお金の使い方にポリシーがあれば、自分の使い方に後悔しないんじゃないでしょうかね。
 
 
もう一つ、私たちの普段の生活では、給料がいくらだとか資金繰りがどうだとか、身内でも友人でもお金の話を避けがちですよね。でも、お金には体温があって、そこに気持ちが乗っかる存在だと思えば、落語の中のように、お金についてもっとフランクに話せるようになるんじゃないのかな。そうなるといいなと思うんです。

(終)

出典
  落語家 林家正蔵
1962年生まれ。1978年、父、林家三平に入門。前座名「こぶ平」。1981年、二ツ目昇進。1987年、真打昇進。2005年、九代林家正蔵を襲名。2014年、落語協会副会長就任。

0コメント

  • 1000 / 1000