経済知識の宝庫、激動の平成30年間を振り返る

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今日は、経済知識の宝庫、激動の平成30年間を振り返るという記事を紹介します。

2019年5月1日、新元号が「令和」となり、新たな時代がスタートしました。

令和のスタートが近づくにつれて、メディアによる令和への期待や平成の振り返りといった特集が連日のように放送され、皆さまも令和に思いを馳せたり、過去を振り返り感慨に浸ったと思います。

本記事では、激動の時代となった平成を経済面から振り返りたいと思います。

平成元年は好スタートを切る

株式や不動産価格の高騰で日本中が景気の良さに酔いしれていたバブル景気の真っただ中の1989年1月8日、元号が昭和から平成に変わり、日本の新たな時代が幕を開けました。

平成最初の日経平均株価(1月9日)は、新たな時代への期待感なども手伝い、30,678.39円(前日比+1.6%)と好調に滑り出し、その後も堅調に推移していきます。

平成元年4月1日には、当時の竹下内閣のもと、消費税法が施行され、消費税3%の課税が始まり、その直後にはリクルート事件などをきっかけに竹下首相が退陣するなど、経済面で大きな逆風にさらされました。  

しかしながら、日経平均株価はその後も上昇を続け、バブル景気の雰囲気も手伝い、平成元年12月29日には過去最高値となる38,957
円を一時記録します。

平成のスタートから年末にかけて日経平株価は+28.8%と驚異の成長を果たし、今後もこの成長が続くと誰もが期待していました。

平成元年の日経平均株価の推移

※期間:1989年1月9日~1989年12月29日(日次)
出所:ブルームバーグのデータをもとにアセットマネジメントOne作成

日銀による金融引き締め、そしてバブル崩壊へ

平成元年12月29日に過去最高値を記録した日経平均株価は、それ以降大きく下落していきます。

その要因は、当時の大蔵省(現在の財務省と金融庁に該当する)による「総量規制」と呼ばれる金融機関に対する行政指導や、日本銀行による金融引き締めです。

行き過ぎた不動産価格の高騰に危機感を覚えた大蔵省は、不動産価格の沈静化を目的として、不動産向け融資の伸び率を総貸出の伸び率以下に抑える総量規制を金融機関に通達しました。

また、日本銀行は好景気によるインフレを防ぐために政策金利を引き上げる金融引き締めを行いました。

その結果、大蔵省による総量規制は住宅金融専門会社の不良債権悪化を、日本銀行による金融引き締めは急激な信用収縮を招き、結果として予想をはるかに超えた景気後退、いわゆるバブル崩壊へとつながりました。

バブル崩壊により、1993年末には日経平均株価は17,417.24円まで下落し、1989年末から1993年末にかけて-55%となりました。

日本銀行の政策金利の推移

※期間:1988年12月末~1994年12月末(週次)
出所:ブルームバーグのデータをもとにアセットマネジメントOne作成

失われた20年

バブル崩壊後、損失補てんや、巨額損失の隠ぺいなど金融機関の不祥事が発覚し、山一證券(1997年)や日本長期信用銀行(1998年)といった大手金融機関が相次いで倒産しました。

その後も、公的資金注入により、りそな銀行が実質的に国有化されるなど、日本経済の低迷が続きましたが、小泉内閣による郵政民営化を代表とする「聖域なき構造改革」などを背景に株価も上向き、2002年から2007年にかけて「いざなみ景気」と呼ばれる、ゆるやかな景気回復が続きました。

この景気回復を受けて、日本経済に再興の兆しが見えた矢先の2008年9月15日、米国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズの経営破たんを発端とした世界規模の金融危機「リーマン・ショック」が起こりました。

当時のことを覚えている方も多いのではないでしょうか。米国を発端に世界中の株価が暴落し、日経平均株価も例に漏れず大暴落しました。

リーマン・ショック直前の2008年9月12日に12,214.76円だった日経平均株価は下落し続け、2009年3月10日には7,054.98円まで下落しました。リーマン・ショックに加え、2011年3月に発生した東日本大震災の影響もあり、日本経済は1990年代初頭のバブル崩壊から20年以上にわたり停滞することになります。

この期間は「失われた20年」と呼ばれ、バブル崩壊後の日本経済の代名詞となっています。

日本の実質GDP成長率の推移

※期間:1988年~2015年(年次)
出所:IMF「World Economic Outlook Database, April 2019」のデータをもとにアセットマネジメントOne作成

アベノミクス「3本の矢」

「失われた20年」と称される経済の停滞が続いた日本は2012年12月、第二次安倍内閣が発足し、「アベノミクス」を提唱しました。

「アベノミクス」は「大胆な金融政策」、「機動的な財政政策」、「民間投資を喚起する成長戦略」を「3本の矢」とし、日本経済の成長戦略として打ち出された経済政策です。

第一の矢「大胆な金融政策」では、インフレ目標を2%とし物価水準を引き上げることや、量的金融緩和により、市場への資本供給量を増やし、資本の流動性を高めることで、デフレマインドの払拭を目指しました。

第二の矢「機動的な財政政策」では、大規模な公共投資や日本銀行による国債の買いオペレーションを通じて、政府による需要の創出を目指しました。

第三の矢「民間投資を喚起する成長戦略」では、健康長寿社会から創造される成長産業や世界に勝てる若者をテーマとして、民間企業や個人が真の実力を発揮できる社会の実現に取り組みました。

熊本地震など自然災害による影響を受けながらも、アベノミクスや力強い米国経済の発展のもと、日経平均株価は上昇し、平成の最後である2019年4月26日には22,258.73円をつけました。

第二次安倍内閣発足から平成の終わりまでの日経平均株価の推移

※期間:2012年12月26日~2019年4月26日(日次)
出所:ブルームバーグのデータをもとにアセットマネジメントOne作成

平成30年間を振り返るなかで、私たちはバブル景気やITバブルによる経済の発展を経験した一方、バブル崩壊やリーマン・ショックといった大暴落も経験しました。

令和での日本経済はどのようになるのでしょうか。安倍首相の談話では、「一人一人の日本人が、明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる、そうした日本でありたい。との願いを込め、元号を令和と決めた。」とありました。

このように一人一人が希望を抱きながら生活できる世の中になれば、令和の日本経済は大きく成長するのではないでしょうか。

令和への大きな期待を抱きながら、平成の振り返りを締めさせていただきます。

平成における日経平均株価の推移

※期間:1989年1月9日~2019年4月26日(日次)
出所:ブルームバーグのデータをもとにアセットマネジメントOne作成

【指数の著作権等】
「日経平均株価」は、株式会社日本経済新聞社によって独自に開発された手法によって、算出される著作物であり、株式会社日本経済新聞社は、「日経平均株価」自体および「日経平均株価」を算定する手法に対して、著作権その他一切の知的財産権を有しています。
出典
わらしべ瓦版
経済知識の宝庫、激動の平成30年間を振り返る
http://www.am-one.co.jp/warashibe/article/chiehako-20190604-1.html

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