38歳でF1を目指す。ひとりの“おじさん”が夢を叶えた仰天ストーリー

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ここでは、あなたが夢を叶える為の手助けになる記事を紹介していきます。

今日は38歳でF1を目指す。ひとりの“おじさん”が夢を叶えた仰天ストーリーという記事を紹介します。

今からさかのぼること15年前、42歳という年齢で初めてF1の公式セッションを走ったひとりのドライバーがいた。

彼の名前はシャノック・ニッサニー。フリー走行とはいえ、トップから13秒遅れのタイムに終わったそのセッションは、本来レーシングドライバーなら誰しも忘れたくなるようなものだが、ニッサニーはその経験を誇りに思っている。

 このニッサニーのF1ドライブを、ただの茶番や悪名高き出来事として片付ける前に、まずは彼がそこにたどり着くまでの驚くべきストーリーを知る必要がある。

それには、2001年のF1ハンガリーGPまで時を戻さなければいけない。
 イスラエル出身のニッサニーは、ハンガリーのブダペストを拠点に不動産業で成功を収めたビジネスマン。

彼は2001年のハンガリーGPに観客として訪れ、グランドスタンドでF1を観戦していた。
 当時のことについて、ニッサニーは次のように語った。

「私はレースを見て、友人にこう言った。『F1ドライバーになりたい』と。レーシングカーはおろかカートにも乗ったことがなかったのにだ」
「すると友人は(冗談半分で)こう返した。『大丈夫。家に帰って薬を飲めばすぐに熱は下がるよ』と。

でも私は本当に(レーシングキャリアを)始めたんだ。それも38歳でだ」
 彼はイスラエルの化粧品会社『UPEX』を個人スポンサーにつけ、2002年のフォーミュラ2000ハンガリー選手権に参戦。

ランキング2位となり、翌年にはチャンピオンに輝いた。そして2004年には、国際F3000にも3レース出走した(最高位12位)。

ジョーダンでF1マシンをドライブ。夢へ大きく近付く

 そんな彼は2004年の7月、イギリスのシルバーストンで行なわれたテストでジョーダンのF1マシンを走らせる機会を得た。そこでのタイムは、当時レギュラードライバーだったニック・ハイドフェルドから9秒遅れというものだった。

「私は四六時中働いていた。そして食べて、寝て、レースの夢を見ていた」とニッサニーは振り返った。

翌2005年、ニッサニーはF1の公式セッションで走るという野望に大きく近付くこととなる。 

ミナルディがチームのテストドライバーにニッサニーを抜擢。しかもその計画の中に、ニッサニーを金曜フリー走行1回目で複数回走らせるというものがあったのだ。

 F1出走に必要なスーパーライセンスの発給条件は現在とかなり異なっており、フリー走行限定のものに限れば、当時はプライベートテストでF1マシンを走らせ、十分な走行距離を稼ぐだけでライセンスが発給されたのだ。

 当時はテストに関する制約も厳しくなく、ニッサニーはその要件を問題なくクリア。晴れてハンガリーGPのフリー走行1回目に出走することが決まった。その日はニッサニーの42歳の誕生日でもあった。

 このニュースは彼の母国であるイスラエルで大体的に取り上げられ、地元のジャーナリストやテレビクルーが数多くハンガロリンクに足を運んだ。

中でも熱心な記者は、偉大なワールドチャンピオンであるミハエル・シューマッハーに、ニッサニーについてのコメントを求めた。しかし、シューマッハーは少し困った様子でこう答えたという。

「申し訳ないけど、よく知らないんだ」
あっけなく終わったF1初挑戦。しかし彼はこの経験を“誇り”に思う

結果的にニッサニーのF1ドライブは、ターン4でスピンオフしたことで終了した。彼のベストタイムは1分34秒319。
マクラーレンのアレクサンダー・ブルツがマークしたトップタイム(1分21秒411)からは13秒近く遅く、チームメイトのクリスチャン・アルバース(1分27秒540)からも約7秒落ちというものだった。

ニッサニーの名誉のために付け加えると、彼はプライベートテストではこれ以上のパフォーマンスを見せていたという。 

 なお、この後ニッサニーがF1の公式セッションを走ることはなかった。
「ハンガロリンクで走れたことを誇りに思っている。間違いなく、素晴らしい経験だった」とニッサニーは続けた。

「私の目標は明確だった。公式なF1ドライバーとして、F1マシンを走らせることだった。そして私はそれを達成した」
「ビジネスマンであろうと、サラリーマンであろうと何らかの夢を持っているものだ。それを不可能なものだと決めつけてはいけない。何かをすることに決めたなら、例え38歳であっても実現できるということを証明したかったんだ」

 ニッサニーは現在、息子であるロイ・ニッサニーのレース活動を支援している。ロイは今季、ウイリアムズのテストドライバーに抜擢されたが、父は息子の才能に期待している。

「私の目標と息子の目標は異なっている。歳をとってからF1を目指し、そこにイスラエルの旗を掲げただけでも、驚くべきことだと思うし、それだけで十分な成果と言えるはずだ」
「私には才能がなかったが、ロイはもっとやれると思っている。私はただ、精神力だけでそれ(F1ドライブ)を実現した」
出典
https://jp.motorsport.com/f1/news/the-remarkable-story-of-f1s-most-unlikely-test-driver/4677195/

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